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pajamajpさんの思い出

死んでしまった魚の思い出

私がはじめて魚を一人で買ったのは、去年の7月だった。なにかのお祝いで恋人が水槽と底砂を買ってくれたので、その水槽に水草と3匹の魚を入れたのだった。その中でも特にハーフムーンという種類の黒と青のベタは気に入って買った魚だった。魚の美しさはいつまでも眺めていられるものだった。
しかし、私はすぐにその魚を殺すことになる。事故だった。ろ過装置の吸水口の蓋が外れ、その中に魚が首を突っ込んでしまったのだった。家に帰ると鰓から上がない状態で体だけが水中にあり、魚の体でろ過装置が止まった状態であった。濁った水を泣きながら換え、魚の遺体を処分した。それからは環境調整に気を配ったり、新しい魚を導入したり、水槽のレイアウトを変えたりとアクアリウムライフを楽しんでいたのだけれども、度々死んでしまった魚が夢に出てきて夢の中でまた死んでしまったり、夢の中で今飼っている魚が死んでしまったりというような夢ばかりみていた。私が殺したのだという意識がかなり強いようで、気持の整理がつかないでいた(そう、実際に殺したのは私なのだから)。
そうやって悲しい夢ばかりみる日々を過ごしているとき、恋人が日本科学未来館に行こうと誘ってきた。チームラボの企画展へ行き、魚の絵を描こうと言ってきたのだった。http://odoru.team-lab.net/sp/
ここで魚の絵を描くと、絵をスキャンして、スクリーンにまるで生きているように動くのである。魚の絵、と聞いて私はすぐに死んでしまった魚のことを思い出した。 死んでしまった魚を描いて、データの中で生き続けさせよう、と思ったのだった。科学未来館は土日はかなり混雑しており、入場まで120分も待たなければならないので、平日に向かった(恋人は有休をとっていた)。私は死んでしまった魚の絵を子どもたちに混ざって描いた。子どもたちはみんなクラゲの絵に変な顔を描いていた。お姉さんにスキャンしてもらって大スクリーンに映して動く姿を眺めた。死んでしまったはずの魚は生きているみたいで、この先もずっとデータとしては生き続けるのだと考えていた。供養、自己満足かもしれないけれど、夢を見て苦しむのは実際に、私だけなのだから。「これで供養できたね」みたいなことを言い合って科学未来館の常設展の、コドモロイドとオトナロイド、テレノイドを見て帰った。アンドロイドは生きているみたいだった。これが、新しい供養。

教科書とノートの思い出

小学生から高校生までの教科書とノートは全部とっておくわけにもいかなくて、全部捨ててしまった。隣の席の子に落書きされた織田信長とか、嫌いな先生の似顔絵とか、かわいい字はどうやって書けるかの練習とか、全部捨てたらなくなってしまったけど、いまも少しだけ覚えている。

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